立石児童劇団みどりの子が旗揚げ公演をしてから23年。立石小学校校区を中心として活動している児童劇団つばさが、今年で23年になるのです。この頃、ふと思うのですが、このことは奇跡なのかもしれません。
立石校区を中心とした地域がこの団体を見守り、子どもたちの居場所として認知されています。そして保護者たちが中心となって団を運営しているのです。
みどりの子も、ボランティアの先生が保護者と関わってきて存在して15年。指導者が変わり、児童劇団つばさとして名前を変えても、団のふるさとを思いやる心を大切に、環境保全運動の一環を全面に出して、オリジナルミュージカルを年1回の定期公演のために1年間練習する。近年の子どもたちがなかなか体験できなくなった6年生から1年生までの縦割りでの活動、遊び、そして勉強。優しさやいたわり。。。。老人福祉施設の慰問活動。夢HANABIのクリーンアップキャンペーン。
子どもたちも保護者のみんなも限られた時間の中での活動で、すばらしい体験をされ、感動という宝物をたくさんもっています。その思いを、そのままずっと受け継いでいって活動していることのすばらしさ。そのような、ぶれない団活動がこの児童劇団の価値だと思います。小さな小学校からの卒団生も、約70名が育っていっています。
県のアンビシャス運動に参加して、今まで以上の広がりを持とうと、立石校区での活動は、幅広いものとなっています。そして、今までの活動や、くろつちアンビシャス広場での中心的活動を保護者や子どもたちもしている事が評価され、表彰団体として選ばれたのです。
前任の先生から第1回目の公演から全てのパンフがつばさに送られてきました。
忘れていたのです。23年前の話。ぼくは、26歳でした。博多のめんたいロックが盛んな頃。音楽に明け暮れてBAND活動をやっていた当時。ロック音楽活動だけしか、興味がない頃です。近場に音を制作する人がいなかったのでしょう。この団体から「音を作ってくれないかな?」と、言われ、スタジオにこもってMacに向かって打ち込みをやった。当時の演出家から、何遍もだめだしをもらいながらも作り上げた事を思い出しました。(本番は文化会館にいなかったのでしょう。パンフの中に僕の名前が書いてあって思い出したぐらいです。)
野田宇太郎氏の少年期を題材に演じたとのこと。写真は、当時のパンフレット。この時代は、創造性豊かな小郡を目指して活動していた人たちがたくさん参加しておられます。
アメリカのサブプライムローンから、世界不況時代が吹き荒れていて、土日の市内はがら〜んとしているような感じです。自分たちの街は、自分たちで作るという気持ちが少しでもあれば、どんな形にしろ、おごおりに参加できるし、自慢できる小郡を作ることができると思います。
児童劇団つばさの第23回定期公演まで、あと2週間です。親も子も一緒に皆さんを迎えてくれると思います。
観劇して感激したら、いかがですか?








「駅まで迎えにきて」と、娘から連絡あり。小郡駅に着くと、市内の中学生たちが、ぞろぞろと駅から出てきます。